上海のタクシー価格から考えた

 仕事終了後の上海観光で、タクシー料金について考えさせられた。

 最初は豫園の商店街脇で止まっているタクシーに声をかけて乗った時。運転手がメーターをオフにしたまま走り出し、それを指摘すると「料金は100元」との返答。それはおかしいだろうと何とか身振りで伝えると、即座に「80元」と値引き、「河を渡るのに遠い橋を使うから料金がかかる」と主張する。確かに橋は遠いが、それでも30元くらいの距離感覚なので、あきらかにぼったくりだと判断し、「違う、ちゃんとメーターを使え」と身振りで主張して押し問答の末、結局は降りることになった。

 そのトラブルで非常にむかついたので、徒歩と河を渡るフェリーを使って移動し、夜景が名物の河岸の観光地へ移動し、帰りに流していたタクシーを止めたところ、この運転手も「メーターは使わないで100元になるけどいいか?」と聞く。ここでも、「メーターを使え」→「なら80元で」→「そうじゃなくてメーターを使ってくれ」→「じゃあいいから他をあたってくれ」的な話の流れ。

 さらに次に止まっていたタクシーも、「100元」→「メーターを」と同じ展開である。さすがに、これでは帰れないかもしれないと判断して、メーターを使った正規料金を諦めて、価格交渉を試みると、「80元」→「高い、もっと下げろ」→「無理」→「いや、明からに高いから下げてくれ」→「じゃあ乗るな」という流れ。違法な営業のくせに強気である。

 むかつく気持ちを抱きつつ、もっと人が集まっているところならタクシー乗り場があるだろうと、大きなデパートの前まで歩くと、予想通りタクシー乗り場があった。ただ、タクシー乗り場は行列で、1時間以上待ちそうな勢いである。
 それでも、違法なタクシーに立腹していた我々は行列に参加した。並んでいると、どうやらタクシー乗り場に入れるのは特定の会社のタクシーだけで、乗り場の係員がそれ以外のタクシーを排除している。そして行列のまわりには何人もの違法タクシーの客引きがいて、「こっちは早いよ」と言わんばかりに声をかけているのだ。もちろん、ほとんどの客は相手にしないのだが。どうやら、言葉がわからない我々に対してだけぼったくっている訳ではなさそうである。

 この時点で少しシステムが理解できてきた。
・タクシー乗り場に入るタクシーは正規料金
・入れないタクシーは、メーターを使わない。彼らはとりあえず100元を提示し、だめなら80元に値引き、しかしそれ以下には下げないという共通のルールを持っている。(おそらく、これを守らないと業界から排除されるのではないだろうか)

 そういう意味では、違法ではあるが、彼らは彼らなりのルールを遵守しているのだ。
 むしろ、正規のの乗り場以外でタクシーを止めて、正規料金で乗ろうとした我々のほうがならず者かもしれない。
 そもそも価格とは概念的なもので、本来は需給により決まるものである。メーターがついていると、それを使わないのが違法と思いがちだが、タクシーに乗りたいという需要がはるかに大きい上海では、「おまえが80元を払いたくなければ、払いたい客はいっぱいいる」という理屈が成り立つのだ。そして、どういうルールかわからないが、それを共通のものとすることで、個別の価格交渉による値崩れを防ぐシステムが出来上がっているという訳である。
 考えてみれば「安い料金を求めるなら正規の乗り場で長時間並ぶ、急いでいるなら80元払って乗る」というシステムはむしろ効率的ですらある。少し納得した。まあ、黙って乗せてから請求する姿勢には問題はあるのだが・・・

 ところが、さすがは上海というべきか、話はここで終わらない。
 乗り場で並んで1時間、夜の10時を過ぎたあたりで、乗り場の係員が帰ってしまうと、ルールが変わった。乗り場にタクシーが入ってこなくなり、それまで乗り場に来ていた会社のタクシーも、その辺りで客を拾ってメーターなしで走り出している。どうやら、正規の乗り場のルールが通用するのは午後10時でのようである。
 並んでいる客の多くも心得たもので、列を離れて違法タクシーを拾い始め、今度は違法タクシーもなかなか拾えない状態になると、今度は普通の車で運行する白タクが出没、タクシー乗り場のある広場は何となく混沌とした状態と化した。

 つまり、午後10時以降のルールはこうなったのだ。
・タクシー乗り場での正規料金タクシーはなし(正規タクシーも違法タクシーと化す)
・違法タクシーの料金は、変わらず
・白タクの登場、料金はわからないがおそらく相対交渉

 この時点であと二人というところまで進んでた我々としてはショックである。実際にはこうした状況を理解するまでに30分以上かかり、公共交通機関も利用できない状況となってしまったので、余計にショックが大きかったのだが、これが上海のルールであれば仕方がない、と無理やり自分を納得させ、今度は違法タクシーを捜すのであった・・・・。
 上海という街に、やや敗北感を感じつつも、価格というものについて考えさせられる夜だった。

(ちなみにこの後、違法タクシーもなかなかつかまらない中で、客を降ろしたタクシーをようやくつかまえると、メーターで運行する正規タクシーで、深夜料金ではあったが30元でホテルに戻ることができた。最後に起きた上海の奇跡、とまでは言わないが、とにかく我々は負けなかったのである。)