『600万人の女性に支持される「クックパッド」というビジネス』

 読み始めてから最後まで一気に読めてしまうのは面白い本である。よくできた小説などに出会うと、本当に時間が経つのを忘れてしまう。だが、ビジネス書や学術書となるとそれは違ってくる。むしろ本当に有益で参考になったり、刺激になったりすればするほど、途中で本を閉じて、自分自身の考えや体験と照らし合わせ、しばらくしてからまた本に戻る、ということを繰り返してしまい、一気に読むことができなくなるのだ。

 圧倒的な数の主婦に支持されている料理レシピのサイト「クックパッド」について書かれたこの本『600万人の女性に支持される「クックパッド」というビジネス』(上阪徹:角川SSC新書)は、多分に同社のPR的な要素も入っていることが感じられたが、それを差し引いても十分に刺激や気づきを与えてくれる、一気には読めない本だった。

 本に描写されている、クックパッド社の取り組みを読むと、絞込み、徹底することの凄みが感じられる。「そのことは料理を楽しくするか」という観点から、掲示板すら取り去ってしまうというサイト構成、高度な技術を用いつつ、「技術は手段に過ぎない」と言い切り、ひたすらユーザーにとっての使い勝手を追求する姿勢は、美しさまで感じてしまうほどのシンプルさである。

 個人的にもクックパッドのレシピを何度か使ったことがある。その時に感じさえしなかった当たり前の使いやすさの裏側にある同社の理念に脱帽の思いである。

 一方で本書が感じさせるのが、コミュニティーサイトの構築の難しさである。
 クックパッドのサービス自体は開始したダイヤルアップ接続の時期から順調にユーザーを集め、拡大してきたということだが、登録ユーザーが百万人になっても収益はかつかつ、という状況にあったということからも、コミュニティーを利益に変えていくことは、非常に困難な課題であることを示している。
 もちろん、これも本書に描かれている同社のその後の展開などを見ていると、当初の時期は単に広告の売り方を知らなかっただけとも理解できなくはない。それでも、コミュニティーという本来は収益と対極にあるものをビジネスとして扱う難しさを感じずにはいられない。

 ここまで読後感を書いて思ったのだが、ひょっとしたら、そうした「商売下手」なまま、巨大なコミュニティーになってしまったことが、同社の最大の成功要因かもしれない。

 もうひとつ、本書に詳しく書かれている内容が、コミュニティーに対する広告の手法である。
 世間では「クチコミマーケティング」などという言葉で、あたかもクチコミをコントロールすることで費用をかけずに売上を伸ばす手段があるやに訴える業者が数多くいるが、実際にはそれらはほぼデタラメである。それに対して、クックパッドの既にある巨大なコミュニティーに対して、手法に工夫はありつつも基本的には商品を直接ぶつけて感想を得ていく手法は、本当の意味でのクチコミマーケティングといえるものだろう。

 広告の成功例は同社にとってもPRすべき内容であるため、厳選した良い例のみが取り上げられているのかもしれないが、少なくともその発想は参考になるものだと感じた。食品分野で広告を考えている人にとっては一読の価値のある内容である。

 これは文句ではないのだが、最後にひとつ。
 個人的には長いタイトルは嫌いではないが、「13文字を超えると可読性が下がり 〜中略〜 そこでクックパッドでは、なるべく8文字から13文字で伝えるようにしています」(75頁)としている会社の本としてはややタイトルの長さが気になるところである。